しがらみのない新作映画評

某映画ライター。主に公開前の新作映画について書きます。ネタバレなし。★の数は個人的な評価です。

何も始まってすらいない『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』

ザ・スミスのフロントマン、モリッシーの若き日を描いた伝記映画。

有名ミュージシャンの伝記映画というと、つい『ボヘミアン・ラプソディ』の二番煎じかと邪推してしまうが、そんなことはない。その2作品はまるで方向性が違う。『ボヘミアン・ラプソディ』は猛スピードでスターダムを駆け上がっていく話だったが、『イングランド・イズ・マイン〜(省略)』は、スターダム前夜の話。ザ・スミスは生まれてもいないし、モリッシーはひたすらくすぶっている。

だから『ボヘミアン・ラプソディ』のような派手なエンターテイメントを期待していくと肩透かしを食らうことになる。というか、モリッシーのキャラクターを多少なりとも知っていれば、万人受けのエンターテイメントになるはずがないと、容易に想像できる。

主人公のスティーブン・モリッシーは、いろいろな意味でダメな青年だった。マンチェスターという街や地元のバンドを批評した文章を音楽誌に投書するも、文章が毒舌で嫌味なレトリックに溢れすぎていて、まるで相手にされない。

では自分で音楽をやるのかというと、内向的すぎてバンドも組めない。女友達に無理やりギタリストを紹介されても、「靴がダサいからダメ」と難癖をつけて逃げ出す。

自分からは一切行動しない。そのくせ文句ばかり言う。役所の文書整理の仕事に就いたかと思えば、遅刻ばかりだし、まったく仕事もできない。

とにかくあらゆる面でダメ。観ていてイライラする。そろそろ立ち上がるか?と期待しても、何度も裏切られる。この映画はある意味、煮え切らないスティーブンにひたすら耐え続ける映画だ。

念のためにもう一度言っておくと、この映画はモリッシー誕生前夜を描いたものである。熱狂などまるで存在しない。弱々しい青年が、世界から無視され続けても、それでも心の中の炎を静かに燃やし続ける。かすかな灯りに、じっと目と耳を凝らす。そんな映画だ。

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